彼は方向転換(アイデンティティの再定義)がうまくいく条件として@その国のエリート層がこの動きを広く支持し熱意をもって取り組むこと、A大衆がアイデンティティの再定義を少なくても黙認しようとすること、B再定義を受けいれる側の文明の主要メンバーが進んでその再定義を受け入れる場合を挙げている。
これをオーストラリアにあてはめるとまず、キーティングが所属する労働党政権に対しさまざまな知識人やジャーナリストからかなりの批判を受けた。また、野党自由党もアジアからの移民に対する異論を述べるなど曖昧な態度を取った。
また、世論については、国旗からユニオンジャックを消すことについての国民の支持の92年の42%から93年には35%に減少した。また、90年代後半にハンソン現象により、白豪主義の復活が真正面から叫ばれ大きな論争が起きた。これは、オーストラリア社会が、あらゆる面で急速にアジア化が進んでおり、白人国家のアイデンティティを失う危険性があるとの危機感から起こったものだった。
さらに、アジア諸国のエリート層はオーストラリアの価値観、文化的な面から受け入れることには消極的である。結論として、ハンチントンは、経済的にヨーロッパ、アメリカよりもアジアとの関係が密接となってきていることは紛れもない事実ではあるが、文明としては、ヨーロッパ文明からの離脱は困難であるとしている。
国家のアイデンティティとして「自分は何者」かというかということは大事ではある。同じ移民の国のアメリカは移民には英語教育を徹底しようとしているが、オーストラリアでは、移民に対し、かれらの言語で不便がないようにすることに気を使っている。多文化主義はほんとうに英語以外の文化を英語文化とまったく同じ位置づけまで持っていくのか、英語文化の優位性は保ったままでのある程度の妥協なのか今後の展開に注視したい。